2016年11月14日月曜日

デザインの禅問答

グラフィックデザインⅠスクーリング前半。
先生は通学のほうでも教えていらっしゃるいしづか先生。
なんかオシャレな感じとかヒョロっとした感じとか、すごいデザイナーっぽい感じの先生です。

物腰おだやかで優しくてなんでも(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪って聞いてくれる。
絶対に否定も拒否もしない。
たまに天然ボケかましたりして、何気にかわいい。
人柄の良さがにじみ出るというか、ほんとにいい人!
もう、先生、大好きー(*´﹃`*)うへぇ♡

なんですけど、授業の内容そのものが、ぼくにはツラい・・・
先生の講義も、演習でやることも、ぼくの脳みそにはどうにも雲を掴むような霞を食べるようななんともいえない・・・そう、禅問答みたいな感じでございまして・・・

正直、3日間で何やったの?と言われたら、

1日目「時間を探して写真を撮る」


2日目「1日目で探した時間を分ける」


3日目「2日目をふまえて一つに注目して時間を読み取る」



なんですが・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁ
書いてる今でさえ何やったんだかよくわかんねえぇぇぇぇぇぇぇ(;´д`)


これまでも意味不明だったり難しかったりしてブログ書くに書けない課題やスクーリングはあったけど、それでも文句なりそれなりに感じたことなり考えたことなり、もしくは作ったものの結果の報告だったりできてきました。
しかーし!今回ばっかりはそれさえもできないという・・・いまだかつてない空虚感というか・・・なんも出てこねえ(°ω°)



【禅問答】
禅僧が悟りを開くために行う問答。修行者が疑問を発し、師がこれに答えるもの。転じて、真意がとらえにくい問答・会話。
引用元:goo辞書(http://dictionary.goo.ne.jp/jn/127631/meaning/m0u/


【公案】
禅宗において修行者が悟りを開くための課題として与えられる問題のこと。ほとんどが無理会話(むりえわ)と言われている。一般には「禅問答」として知られる。
引用元:ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AC%E6%A1%88


もう、禅僧の気持ちが、修行者の気持ちがわかりましたよ。
今回のスクーリングは「時間」というテーマのもと、「吉祥寺校」という限定された世界(範囲)の中で師(先生)の指導(講義)のもと修行(演習)をし、修行(演習)において修行者(学生)が疑問を発し、師(先生)が答えるもののその真意はまったくわからないというか、言葉あれどそこに明確な正解はないという・・・
ここでなにか閃いたり、発見することができればきっとこんなにモヤモヤしてないと思うんですけど、モヤモヤしてるということはまだ悟りを開けていないということですね。

開眼への道は険しい・・・

そして日々悶々としながら3日間は過ぎました。
最終日の最後には「この3日間をふまえて後半3日は作品を制作してね」と言われたのでありますが、「ふまえて」というには、後半までの4日間という時間でこの3日間の修行を振り返りながらある程度悟りを開いて道を見つけてこいと言われているようなものんだと思うんですよね・・・


・・・む、ムリだ・・・( ゚д゚)


3日間、毎日前提講義、中間講義、演習講評後の講義があって、その中でいろんな話を聞きました。
いうなればぼくたち学生が悟りを開くためのヒントや道しるべだったんだと思うんですが、今振り返ってみてもこれまた禅問答。
ダイアグラムの話にしても、視点を変える話にしても、何かの形から何かを発見する話にしても、講義そのものが禅問答。

わかるようで、わからない。
わからないんだけど、まったくわかってないわけでもない。
でも、わかんない。

そもそも禅問答って正解がないじゃないですか。
まさに今回のグラフィックデザインⅠは「デザインの禅問答」といった感じでございます。

さて、後半はどうしたものか。
それよりも会社が繁忙期すぎて金曜日フルにスクーリング行けるかさえも怪しい・・・通信課題は合格してるので、なんとしても単位だけは欲しいのでございました。はい。

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