2015年8月5日水曜日

おかん、オピニオン。

グラフィックデザイン基礎Ⅱのスクーリング前半の課題2で、おかんについて書きました。
おかん以外にも、タバコのこと、光弱視のこと、日本舞踊のこと、戦後と憲法のこと、あれのこと、これのこと・・・・・・・コピー先生にいろいろ提案したんですけど、どうも先生の心にはおかんのことがいちばんココロの琴線に触れたみたいでした。

おかんのことについては、別の科目の課題のために取材したりご意見を伺っていく中で、自分自身の体験してきたおかんのエピソードがまざまざと蘇ってきたこともあり、先生と相談しながらオピニオン文章を書きました。

facebookのお友達やムサビ通信グループでの「“おかん”っていう言葉から思い浮かぶこと、もの、体験、なんでもいいから教えてください!」って投げかけにお答えくださった皆様のコメントがあったからこそ、今まさに“おかん”している文字組み先生の共感を得られる文章になったと思います。
このMyOpinionのためにご意見をいただいたわけではなかったのですが、結果としてとても参考になり、ありがたいものとなったので、つたない文章ですが、ぼくのMyOpinion全文を記します。
これは、ぼく自身の体験と皆様のご意見・コメントがあったからこそ書けた文章です。
ご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました。
そして、本来の目的であったデザインマネージメント課題2も、おかんで突き進ませていただきますっっっ( ̄ε=‥=з ̄) フンガフンガ♡


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私が子供の頃はたくさんのおかんがいた。
自分のおかん。同級生のおかん。近所のおかん。
外を歩けばいつも何人かのおかんに声をかけられた。

肉屋でハムカツばっかり買っていると「野菜も食べへんといけんよ」と言ってむりやりコロッケを買わされた。
パン屋のおかんには店の前を通るたびに「元気かーー?」「勉強がんばりやーー」と声かけられた。
おかんはよけいなおせっかいが得意だ。
そのときはムカついたりウザかったりしたが、不思議と嫌いになることはなかった。
オトナになった今では感謝している。

おかんはみんな、自分の子供も他人の子供も同じように愛してくれていた。
自分のことを町という大きな家族の一員としてみてくれていたのだ。
そんなおかんが地元にはたくさんいた。

最近、いじめによる自殺や孤独死の報道をよく目にする。
そういった報道を見るにつけ、もし亡くなってしまった人の近くにおかんがいたら、と、考えてしまう。

毎日商店街を歩いて通学する中学生。
ふと見たらどうも顔色が冴えない。
そこでおかんが「どうしたん、なんかあったん?」と声をかける。

最近、おばあちゃんを見なくなった。
そこでおかんは買い物にきたおばあちゃんのご近所さんに言うだろう。
「あそこのおばあちゃん、ここんとこ見いへんなーー」

おかんは地域のおかんでもあるのだ。

もし、すべての人の心におかんがいたら、そして、少し勇気を出しておかん魂を発揮できたら、少なくとも気づいてもらえないことで命を落とす人は減るだろう。
愛から生まれるおせっかいは、ときに人を育て、ときに人を救うのだ。

どうだろう。
ちょっとだけ、おかん魂を心の片隅で育ててみませんか?

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