2015年6月8日月曜日

また言いたい放題してしもうた...(_□_;)

著作権法 通信課題2、提出~ヽ(*⌒∇⌒*)ノ

・・・・・・・ってか、また好き放題書いてしまいました。

憲法の通信課題2は「あなたが課題1で論じたテーマ・事例・論点について、自分の見解を組み立てて論じなさい」でございます。
一方、今回の著作権法の通信課題2は「課題1で論じたテーマ・事例・論点について、添削指導、新たに読んだ資料などを参考にして、自分の見解を論じなさい。」でございます。

・・・・・・ほとんど一緒やん?

というわけで、憲法のときは、もうちっとちゃんと論破したろうと思いつつ、結局主観たっぷり、好き放題、自分の腹の内をぶちまけてしまいました。

ではまいりましょう。

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序論。

課題1ではホニャララな論点について述べました。
課題2では、(添削にこの判例も参照してみてねーってあったので)「週刊文春」事件もふまえて見解を述べる。

本論。

「宴のあと」事件では、もう公人でなくなったけど、政治家してたからってだけで有名な人のベッドの中まで、そりゃもうネットリと暴露されてました。
判決はそういう表現はプライバシーの侵害だと認めましたが、謝罪広告(実質的には出版差止め)は認めませんでした。

「石に泳ぐ魚」事件の被害者は無名の普通の一般人です。
この事件では普通の人だったらあまり知られたくないと思うような身体的な特徴や(本人ではなく)家族がしたことなどについて書かれたことはプライバシーの侵害だと認められた上に、出版差止めも認められました。

「週刊文春」事件は、有名な政治家の娘なだけで有名人扱いされてる感満載です。
有名な政治家の娘が離婚したって記事について、プライバシーの侵害と認められたものの、事前差し止めは最終的には認められませんでした。

3つの事件でプライバシー侵害だと認められた内容は、すべて侵害された被害者に帰責事由はありまへん。
ただ、3つの事件では被害者の有名度が違います。
「宴のあと」事件は元政治家で、政治家でもなんでもなくなってもなお有名人。でも出版当時は一般人。
「石に泳ぐ魚」事件はまったくの市井の人。出版前もあともずっと一般人。
「週刊文春」事件は、ぱったくの市井の人として生活してるけど、親が有名人ってことで有名な一般人。
みんな出版当時は一般人。
そして、元有名人と、まったくの無名人と、有名人の身内というだけの人で、差止め判断の結果が異なってるんですね。

これ、おかしくね?

プライバシー侵害と認められた内容は、公共の利益にも関わらず、公人のプライバシー侵害の特例にもあてはまらないのに、有名人や有名人を身内に持つ人は、まるで公人かのように扱われる匂いがプンプンするでござるよ。
とある論説なんて

「著名な政治家一族の長女であって公的な活動を全く控えていたとはいえない者の離婚について報じた本件記事は、公共性・公益目的を欠くことが明白であるとはいえないであろう(引用:『別冊ジュリストNo.179 メディア判例百選』P155)」

とか言ってるし。
未来に公的な活動をするかもしれない人だったら離婚について暴露されてもいいっていうのか?
日本人全員公的な活動をするかもしれない人なんだぞ!
未来なんて誰もわからないんだぞ!
いくらなんでも、おかしくね?

表現の自由は大事かもしれないけど、本人に帰責自由もないまったくの私事の暴露を認めていいのかよ!
ってか、一度でも有名になったり、有名人が身内にいたら、それだけで差止め判断が変わるのって、やっぱおかしいでしょ。
ってか、司法が有名人と無名人を差別してどうすんだよ~ヾ(*`ェ´*)ノフンガ~

結論。

文学であれ報道であれ、表現する者に、もしその表現が自分についてのものであったら自分はどう感じるか、という想像力があれば、このような事件は起こらなかったんぢゃないかのぅ?
この課題を通して、自らの表現が齎す未来を想像することの重要性を感じたでございます。はい。

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・・・・・・・あぁ、また言いたい放題してしもうた...(_□_;)
でも、勝手に筆が進んじゃうんだもん。
憲法の言いたい放題の結果がまだなので、すんごい不安・・・・・
憲法が不合格だったら、著作権法も不合格間違いなしだな。うん。

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